女優として、また舞台俳優として圧倒的な天海祐希さん。
天才ですよね。
そんな天海祐希さん。
あの宝塚歌劇団出身で男役トップスターとして輝かしいキャリアを放ちました。
そこで今回は、
- 天海祐希の学歴
- 宝塚音楽学校時代のエピソード
- 宝塚歌劇団での伝説
について詳しくお伝えしていきますね!
ではいきましょう。
天海祐希の学歴は?

宝塚歌劇団で男役トップスターで名高い天海祐希さん。
そんな天海祐希さんは、1967年8月8日に東京都台東区東上野で生まれました。
本名は中野由里さんといいます。
後に芸名として『天海祐希』と名乗るようになります。
天海祐希さんの小学校は、台東区立西町小学校です。
現在は閉校となっていますね。
そして中学校は台東区立御徒町中学校です。
中学時代の天海祐希さんは演劇部に所属しています。
身長が高かったことから男役を演じることもあり、この頃から男役に縁があったのかもしれないね。
そこでそれを見て感じた、担任の先生に宝塚音楽学校の受験を勧められます。
まさに一本の光が道となった瞬間です。

高校は私立菊華高校(現在の杉並学院高校)に進学しています。
偏差値は平均的な高校です。
そこには演劇部はありました。

しかし、天海祐希さんは演劇部には入らず、宝塚音楽学校の受験に向けてバレエや声楽のレッスンに集中します。
そして、高校2年修了後、天海祐希さんは大きな決断をします。
そう、宝塚音楽学校の受験です。

その受験に至るまでの期間は厳しいの一言です。
クラシックバレエや声楽のレッスンに打ち込み、先生からは「休んだら意味がない」と基礎を徹底的に学びます。
後に、この努力が実を結び、天海祐希さんは見事合格します。
天海祐希の宝塚音楽学校時代のエピソード

見事宝塚音楽学校への入学を果たした天海祐希さん。
その宝塚音楽学校の入試は非常に難関で知られており、倍率は何と約17.5倍
しかし天海祐希さんは、この壁を見事に突破します。
それも主席で。
ん〜すごい。
まだ話は終わりません。
その合格者発表の際、校長先生から呼ばれます。
そこで天海祐希さんは「なんか悪いことしただろうか」と思います。
しかし校長先生から告げられたのは、「1番で入ったので答辞を読んでもらう」という言葉でした。
何と入学式で答辞を読むという名誉をもらったのです。
ビックリ。
そもそも、宝塚音楽学校は「清く、正しく、美しく」という校訓があります。
そこで2年間で歌・ダンス・演技・礼儀作法などを徹底的に鍛える場所です。

人間性も重視される教育が行われており、非常に厳しい環境として知られています。
私は1日でダメだね。
学校には独自の厳格な校則があります。
例えば予科生は髪をピンで留めるという規則などがあります。
天海祐希さんには伝説があります。
それは、こうした厳しいルールに異を唱え、校則を変えたという伝説です。
革命児だね。
この話は、在学中から既に強い意志と行動力を持っていたことが伺えるエピソードです。
そして厳しいレッスンと規律の中、天海祐希さんは宝塚のスターとして産声を上げます。
天海祐希の宝塚歌劇団での伝説

1987年に宝塚音楽学校を卒業した天海祐希さんは、宝塚歌劇団に入団。
月組に配属され、男役として活動をスタートさせます。
1年目から、天海祐希さんは新人公演の主演に抜擢されたのです。
快挙ですね。
通常の昇進スピードを大きく上回る抜擢が続き、圧倒的な存在感でファンを釘付けにします。

まさに爆速。
そして時は過ぎ7年目にして、天海祐希さんは月組のトップスターに就任します。
これは当時としては異例の昇格であり、天海祐希さんの実力と人気を物語るね。
天才だから仕方ないか。
また天海祐希さんはトップスターとして、数々の名作に出演します。
代表的な作品としては「風と共に去りぬ」のレット・バトラー役です。
その男性役は名演と言われています。
その時の講演は観客を魅了し続けました。
宝塚時代の天海祐希さんには、いくつかの伝説があります。
厳しいルールの改変や、ファン文化への新しい対応スタイルを持ち込んだという逸話も語られています。
一部のファン慣習に対して独自のスタンスを貫いたことなど、複数の噂や逸話が残されているのです。
当時は劇場の係員が取り締まっていたし、舞台サイドから通報が入ることもあったんですが、中でも天海は誰よりも早く客席のフラッシュなどに気づいて、『S席の○番、カメラで撮影している』と
引用元:Asegei Plus

天海祐希さんは1995年に宝塚歌劇団を退団します。
退団後はテレビドラマ、映画、舞台と幅広いジャンルで女優として活躍中です。
宝塚時代に培った演技力は、現在の天海祐希さんの礎となっています。
まとめ
今回は天海祐希さんの学歴と宝塚でのエピソードについてお伝えしました。
天海祐希さんは台東区立西町小学校。
そして、台東区立御徒町中学校を経て、私立菊華高校に進学しています。
中学時代に担任の先生から宝塚音楽学校の受験を勧められます。
そこが人生の転機ですね。
そして、高校時代は宝塚受験に専念し、厳しいレッスンを重ねて約17.5倍の難関を突破します。
そこは首席で合格を果たします。
宝塚音楽学校では入学式で答辞を読むという栄誉。
そこから厳格な校則を変えたという伝説も。
天海祐希さんは1995年の退団後も、女優として第一線で活躍し続けています。
宝塚時代に培った実力と魅力は、今なお、健在です。
そして、かがやき続けています。
今回はどうもありがとうございました。

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